けテぶれ〜学習力を伸ばす宿題革命〜

自立した学習者を育てるため、「けテぶれ学習法」を考案し、実践しています。教育に関することを千思万考し、見えたものを投稿します。フェイスブック:https://www.facebook.com/shota.kuzuhara ツイッター:https://twitter.com/barikii

けテぶれにうまく馴染めない子に対してどうすればいいのか#2

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長期的、全体的、根本的に考える。

これは安岡正篤先生が掲げておられる思考の三原則に基づくものです。

この3視点は多くの問いに対して有効です。

 

今回は「けテぶれにうまく馴染めない子に対してどうすればいいのか」

この問に対して、長期的・全体的・根本的に考えてみましょう。

 

◯長期的に考えましょう。

けテぶれに躓く子、乗らない子が突然覚醒する日に出会うこともあります。

僕の経験でも2月に突然覚醒した子を覚えています。

1年で変化しない子もいます。でもその子の記憶には少なくとも「けテぶれ」という言葉は残る可能性が高い。そしてその意味も。

その子が、一生のうちどこかで、何かを目指したい。頑張りたい。努力しなきゃ。こういう自分の感情に出会った時。

そのときにアレ、、、もしかして「けテぶれ」が有効なんじゃないかな。

こう思えるだけで、その子は次の一歩を踏み出せます。

そういう可能性をその子の中に残せるだけでも、ただなんの意図もなく、ただやらせるだけの作業的な宿題から「けテぶれ」に切り替える意義はあると思います。1年間で、自分の見ている前で必ず変化させてやる。こう考えるのは不自然で、傲慢です。

熱くけテぶれの価値を子どもたちの心に届けるために語りかける一方、こういう思いも持っているべきかなと思います。

 

全体的に考えましょう。

「けテぶれ」に乗らない子は、やらなくても「学力」はあり「学ぶこと」よりも「考えること」にベクトルが向いているのかもしれません。

「学び」に背を向けてしまっていると映る子も、「学問的学び」に背を向けているだけで他の学び、例えば習い事、スポーツ、人間関係。

そんな領域での学びには心が開いているかもしれません。

単にやり方がわからないだけかもしれません。

勉強どころじゃない事情を抱えているかもしれません。

その子の性格、生活、能力。広く見て、その子がどこに心のベクトルを向けているかを見出し、どんな指導が必要なのかを考えなければなりません。

そのベクトルの広くにけテぶれ的思考が適用できることも事実ですし、そうではない選択が必要なときもあります。

けテぶれ的思考を適用させるのであれば、いま紹介されている手法としてのけテぶれを改変する必要があるかもしれません。

そうではない選択をするのであれば、他のけテぶれにノッている子とのバランスやご自身の指導にかけられるエネルギーとの兼ね合いも考えなければなりません。僕もそう考えて、マンダラやNKS、心マトリクスなど、けテぶれ世界を支える様々な実践を考案しました。

 

根本的に考えましょう。

そもそも「けテぶれをやらせること」が目的ではないはずです。

最終的には、その子がその子の人生を豊かに暮らすことができればいいんです。

子どもたちに基礎学力をつけるという目標もこの目的に基づくものであるはずです。

 

じゃあ基礎学力とはなにか。

それは過去に言われていた「基礎学力」をそのまま適用していいのか。

テクノロジーが凄まじい勢いで発達する今、漢字の読み書き能力、計算能力はどこまで求められているのか。

厳しく考えなければなりません。漢字を覚えさせるためだけに懲罰的な詰め込み教育を施し、いざその子が大人になったときに

そんな力全くいりませんでした。では目も当てられません。

基礎学力をつけることを目標に、自己学習能力の獲得を目指す。この構造を取るためには、子供にも扱え、有効で汎用性の高い学習サイクルを手渡さなければならない。それがけテぶれ。こういう関係性です。この文脈から読み取れるのは、「けテぶれの最終目的は自立した学習者になること」です。

 

ではなぜ自己学習力か。

それはテクノロジーが発達したミライにおいて子どもたちの人生を支えるものになりうるから。

 

じゃあそれがなければ幸せになれないのか。

自己学習力を獲得できなければ「人生に充実感は生み出せないが、幸福感は生み出せる」これが僕の考えです。

 

自分に厳しく自分を高める努力ができなければ、何も成し遂げることはなく、虚無感に苛まれるミライが待っている…かもしれません。

それでも、友達に優しく、楽しい時間を過ごすことができ、たくさんの気の合う仲間が周りにいれば、幸福ではあると思うのです。(心マトリクス)

 

この考えに基づき…

 

けテぶれで主体的に学び、努力し合う仲間同士が集まることで「対話」が生まれる。

その対話を学習界マンダラ、NKS集団思考法でマネジメントすることによって「学び」へとつなげる。

その中で友達と切磋琢磨し、人の笑顔に触れる喜びに気づく。その価値を心マトリクスの中に明文化し、客観的に意識できるようにする。

これが学級経営にも繋がり、子どもたちの学校生活への満足感へもつながる。これがまた学びに向かわせる。

という構造を作りました。