けテぶれ〜学習力を伸ばす宿題革命〜

自立した学習者を育てるため、「けテぶれ学習法」を考案し、実践しています。教育に関することを千思万考し、見えたものを投稿します。フェイスブック:https://www.facebook.com/shota.kuzuhara ツイッター:https://twitter.com/barikii

道徳の授業参観をしてきた。

授業を参観してきた

道徳の授業

授業の指導案(計画書のようなもの)には本時の目標は「直接の加害者ではない傍観者も、加害者と同じことがわかる」と書いてあった。

実際に授業を見てみると、初めに泣いている男の子の絵を見せ「何があったと思う?」と問う軽く導入があった。その後、この男の子に向けて言われた人権的に問題がある言葉を羅列していった。これについて教師の問いかけに子供が答え・・・ということが繰り返された。そして最後に授業の感想を書かされる。

 

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この授業で「何を目指せばよいか」「なぜ目指すべきか」「どうやって目指すか」が示されることはなかった。よって子どもたちは今までの経験から、

 

何を目指すか:①よくわからないが先生の質問に答えていれば授業は終わる

       ②あ、こういうお話ね、じゃあこんなことを言っていればいいのね

なぜ目指すべきか:だって先生の言うとおりにしないと怒られるから

どうやって目指すか:先生の言うとおりにすればいい/とりあえず黙っておけばいい

          教材がこんなお話だから、こんなこといえばいいんだよね

 

と判断した。そう判断する以外手がかりがないのである。よって子どもたちに主体的に学び取ろうという意欲は全くなかった。

教師が一方的に授業を進め、子供同士の対話は皆無であった。隣の友達と少し喋ると言った時間すらなかった。その結果、授業時間で一度も声を出していない子がいた

考えるための手立てもまるでなかった。一つ一つの言葉に共感できるところはないか?と問うたが、共感できるだけの情報がない。ただひどいセリフと泣いている男の子が提示されたのみである。どうやって考えればよいのか、その準備が出来ていなかった。

 

授業のまとめで子どもたちはこの授業の感想を書かされていたが、その記述は授業開始5分、提示された人権的に問題のあるセリフを見た時点でかける上辺の綺麗事のような感想ばかりであった。そこに考えの深まりは何もなかった。

 

この授業で子どもたちは何を得たのか。

道徳的に考えが深まることはなかったのではないか。

思考を止めて、条件反射的に目上の人の言うとおりにしていればなんとなくうまくいく。という知識が強化されてしまったのではないか。

 

健気に先生の問いに答えようとする子どもたちの姿を見ていると、本当にもったいないという気持ちになる。

 

 

この授業の後には、事後検討会があった。

小グループでの話し合い。5人グループが組まれた。

僕のグループは、50代の男性教師2人、20代の女性教師が一人、教育委員会の方(40代?)が一人であった。

まず全体会の発表者を決めてから討議を始めてくださいとのアナウンス。

だれも立候補しない。これは想定内だったので僕が立候補。

その後の話は年上の誰かが進めるのかと思いきや、だれも動かない。

仕方なく僕が仕切り始める。

授業の感想をもとめるが、50代教師2人は「むずかしいよね」「このお話って元ネタなんだっけ」など浅い発言に終始。この2人は職場の同僚らしく、グループ討議そっちのけで、2人で話し始める。教育委員会の方は「私が喋るのは最後なので皆さんでがんばってください」お高く止まっており発言をしない。

仕方なく僕が授業の感想をいった。50代教師の一人が、そうそうほんとそうだよねー。といった。教育委員会の方はこれみよがしに、「道徳の人権の違いって知ってる?」と、仕込んでいた知識を披露しにかかった。その方は、事後検討会の最後に講評を求められ、同じ話をしていた。

 

レベルが低すぎる。

もどかしい。