けテぶれ〜学習力を伸ばす宿題革命〜

自立した学習者を育てるため、「けテぶれ学習法」を考案し、実践しています。教育に関することを千思万考し、見えたものを投稿します。フェイスブック:https://www.facebook.com/shota.kuzuhara ツイッター:https://twitter.com/barikii

自立した学習集団になるために。ー主体的・対話的深い学びへ向かう授業のあり方ー

要約

主体的対話的深い学び」がAI時代を生き抜くために求められる学びであると、文部科学省が示した。

それを実現するためには、「質と量」つまり、授業準備の質と、子どもの思考量を確保しなければならない。大きく深い世界の内、どの部分を切り取って子どもたちに見せているのか、逆に言うと、いま子どもたちが学習している課題の先にはどんな世界が広がっているのかを意識できていなければ、深い学びを与えられない。その上で、45分間考え続けられる「問い」を子どもたちに投げかける。これが「主発問」1授業時間中考え続けられる問こそが、「主発問」である。ここまで準備できたら、子どもたちは主体的に考え始める。そして友だちと話したくなる。ここに主体性と対話が生まれる。

教師は授業準備の質に時間をかけ、授業時間はその大部分を子どもの思考時間とする。

こうすることではじめて、公立小学校の教室に「主体的対話的深い学び」が実現する。

 

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文部科学省は次期学習指導要領で「主体的対話的深い学び」を実現せよとした。AI台頭時代へ向けた学びのあり方である。

これを実現するにあたって、文部科学省は、今までの授業を全く否定するものではないとしているが、今まで公教育がやってきた教育の延長線上に「主体的対話的深い学び」はない。

抜本的に、時には破壊的に授業を組み立て直す必要があると考えている。

教師の仕事を教科書レベルの知識を伝達することが仕事と思ってはいけない。

親の知識レベルと共に各家庭の生活レベルも上昇し、とても豊かな生活経験をもっている子もいるし、当然学習塾に行っている子の割合も増えている。また、情報機器の発達により、子ども自身で相当多くの情報にアクセスできるようになっている。 

 

このような時代背景で育つ子どもたちに、教師がすべてを順序立て、答えに導くという旧式授業は有効ではない。(しかし、小学校現場を見渡すと未だにこのような授業を行っている教師が大半を占める。)

教師に導かれた答えは、クラスの過半数の子供達は一瞬で理解できる。そういう子どもたちにとっては単元の大部分が無駄な時間となる。また、教師と発表する子のやり取りについていけない子もいる。その子にとっても、単元の大部分が無駄な時間となる。

 

旧型の授業は、USJのアトラクション「ジョーズ」を思い浮かべるといい。

子どもたちは決まったルートしか進まない船に乗せられ、クルーとなった教師が前でハイテンションに盛り上げようとする。しかし、船の先頭に座っている子どもは、この先何が起こるか知っている。(これは学力の高い子を表している)さらに、もう何度もジョーズに乗ったことがある子どもや、本物のサメを見たことがある子もいる(塾に行っている子)。その子達の白けた顔。

さらに、船の真ん中に乗った子どもは何が起こっているかもわからずアトラクションが終わる。これは学習についていけない子どもを表している。周りを見ようとしても、クルーは助けてくれない。ただ黙って座っていればすべてが終わっていくのである。

また、上に該当しない子どもも、高学年になれば、アトラクションに乗せられる時点でどんなことが起こるかはだいたい予想できてしまっている。 

 

現代の子どもたちはもはや、手取り足取り教えられ導かれる存在ではないのである。

自らの頭で考え進んでいくことができる存在として捉えなければならない。仲間と協力しながら。

よって、授業ではそのような力を発揮できる環境を整えてやるべきである。

子どもたちは自らの頭で考え仲間と意見を交わす中で、人としてのあり方を学ぶのである。

また、自分たちで深く深く考えてたどり着いたゴールの、さらに先の世界を教師によって見せられることで、世界の広さと深さを知るのである。

 

新学習指導要領のキーワード「主体的・対話的で深い学び」は、このような環境から生まれると考えている。

 

これからの授業は、冒険をイメージするといい。

子どもたちは「目標(最終的にどのような状態になればよいか)」を目指し、必要品が入ったリュックを背負って、学問という広くて深いジャングルを仲間とともに冒険するのである。

本当に大切な宝物は目標に向かう道でみつかる。 

 

冒険にはまず、仲間同士で「目標」を明確に確認し、目標を目指す価値を共有しなければならない。その上で目標に向かうための道具(手段)を与える。これは指導者の役目である。

この条件を整えると、こどもは自分から歩み出す。これが「主体性」こうして彼らは「自分の考え」を構築する。

学習を進め、目標を目指す中には様々な困難がある。これを乗り越えるために仲間と協力する。ここに「対話」が生まれる。こうして彼らは、「自分の考え」を洗練したり、「自分たちの考え」を生み出したりする。

こうして「考え」を高め合い、目標状態を目指す。

 

教師は、目標に進みゆく子どもたちを褒める。目標にたどり着こうと、様々な考えを出し合い、コレだという答えを求めて試行錯誤する姿を褒める。また、遅れた子を必死にサポートしようとする姿を褒める。これが、教科の枠を超えた、人としての「深い学び」である。こうして子どもたちは自らの生き方、考え方を高めていく

 

子どもたちがゴールに辿り着くと、教師はその先に見えるさらに広い世界を語る。また、その道筋で見落としていた物たちを拾い上げ、子どもたちに手渡す。

こうすることで、自らの学びの先にもっと広い世界が広がっていること、また、自分たちの知っている世界の裏には、もっと深い世界が広がっていることを知る。こうして、こどもたちは「世界の見え方」を変える。これが、学問としての「深い学び」である。 

こうして子どもたちは日々着実に歩みをすすめることで、着実に力をつけるとともに「主体性」を拡大させる。こうした学習で培った力が、将来子どもたちが「人生」という本当の冒険に出かけるときの大きな推進力となるのである。

 

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授業は、子どもが歩みをすすめることに可能な限りの時間を割きたい。教師が話すのは、目標・意義・手段と、「深い学び」に繋がる助言だけである。その歩みの中から「深い学び」という宝物を見つけてほしい。そう思うと、子供と教師の持ち時間は下のようになる。

 

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授業の最初は、「目的・意義・手段」の確認。終盤の「青」で示した5分は教師のフィードバックによる「深い学び」への気付き。

始めの5分と終わりの5分。教師の持ち時間はこれだけである。

その他の授業時間はすべて子どもの思考時間にあてる。その間教師は、子どもたちの中に入り、様々な助言を行う。それぞれの課題を認識し、必要に応じてアドバイスをするのである。

最後の5分間の個人思考は、その日の学びを自分の中に浸透させる時間である。

 

 子どもの考える時間:教師の喋る時間は約4:1となっている。

 

与えられる学習から、考え出す学習へ。

自立した学習集団になるために。

「主体的対話的深い学び」を生み出す学習へ。

 

授業づくりと、単元デザインの際には、このようなことを意識したい。

 

次の記事では、この理論を実践として具現化した例を示す。

9月に入ってから行った「広告と取扱説明書の違いを読み取ろう」という国語の単元である。