けテぶれ〜学習力を伸ばす宿題革命〜

自立した学習者を育てるため、「けテぶれ学習法」を考案し、実践しています。教育に関することを千思万考し、見えたものを投稿します。フェイスブック:https://www.facebook.com/shota.kuzuhara ツイッター:https://twitter.com/barikii

小学校の宿題を改革する「けテぶれ学習法」

僕は小学校に勤めてから今年で6年目になります。
現場に出てから、学校の現状に数々の違和感を覚え、その度に子どもたちにとって大切なことはなんだろう。学校がすべきことはなんだろうと必死で考えてきました。(それがブログのタイトルにもなっています)
 
その違和感の一つが、「宿題」にありました。
 
全く工夫されていないのです。
とりあえず計算と漢字のドリルの1ページずつとか、算数のプリントを適当に1枚印刷して配るとか…
だれに、何の力をつけようとしているのか全くわからない宿題ばかり出していました。
 
本や論文で勉強すると、
宿題を出す目的は
「基礎学力をつけるため」「学習習慣をつけるため」
という2点が必ず挙げられています。
 
しかしこれが「計算ドリル1ページ、漢字ドリル1ページ」で狙えるとはとても思えなかったのです。
 
基礎学力をつけるため?
では、すでに基礎学力がある子どもは宿題をやる必要がないってことになります。
さらに、与えられた問題すら解けない学力の子はやっても学力つきません。
結果、全員に同じ内容の宿題を出すと、上位層と下位層の間、その問題の難易度がちょうど合っている子どもたちにのみ、有意義な学習になります。そんな子は全体の何%でしょうか。
 
学習習慣をつけるため?
習慣というのは、目的があるから身につくのです。毎日歯を磨くのは「虫歯にならないため」です。では宿題は何のためにやるのでしょう。子供の頃の自分に「きみは宿題をしてどんな力がついていますか?」ときくと、なんと答えるでしょう。やっている本人も、自分が何のために宿題をやっているのかわかっていない場合が多いのではないでしょうか。
(聞き方を替えて「なぜ宿題をやるのですか?」と問うと即答できるんです。「先生に怒られるから」ですね) 
なぜ子どもが宿題の目的を答えられないかといえば、教師が宿題の目的を意識していないからです。(僕自身がそうであったように。)現場で働いている僕から見ると、日々の宿題って本当に、なんとなーく出している先生が多い印象です。全く工夫されていない。他の先生もだしているから自分も出す。それによってつけたい力なんて意識していない場合がとても多いように思います。
目的のない行動を習慣化させようというのは、無理な話です。
(先生に怒られるからやっている宿題は先生に怒られなくなった瞬間やらなくなります。)
 
以上のことから
 
「基礎学力をつける」「学習習慣をつける」という宿題の目的は、
「全員の同一課題を出していること」「宿題に取り組む目的が意識されていないこと」という問題点を解決しなければ、達成が見込めない状態にある
 
ことがわかります。
 
そこでまず、宿題の目的を決めようと思いました。
前回からの話を踏まえ、(参照:灘高生の勉強の相談に乗った
 
宿題の目的を
「自立した学習者になる=学習力を高めること」
としたのです。
 
この目的を目指すとき、先生がいる授業ではなく、自分の力で取り組む宿題は、絶好のステージであると考えたからです。
 
宿題を提示する際、この目的を子どもたちとともに、明確に確認します。学習内容は自分の理解度や弱点に応じて自分で選択するため、理解度の合わない学習を強いることはありません。
 
こうすることで、宿題の問題点
①全員の同一課題を出していること
②宿題に取り組む目的が意識されていないこと
の2つの問題点を解消できる上、
 
基礎学力をつける」「学習習慣をつける」という従来の宿題のねらいは、
「学習力を高める」ことを目的にすることによって確実に習慣化をはかり、「基礎学力の定着」よりもさらに高次の、「子どもそれぞれの学力を向上させる。」というところまで狙えるようになります。
 
 
これまで公教育で「勉強法」を教える授業はありませんでした。いまの教育課程を見ても新たに「勉強法」の授業を組み込むことも難しい状況です。
 
その中で盲点なのが「宿題」ではないでしょうか。
 
上述したとおり、日本の宿題の現状を見ても、改善すべきであると言わざるを得ません。
 
そこで、「宿題」において「自分で勉強する」ということを練習させる事により、
公教育の学習過程を変えることなく「勉強法」を指導するシステムを構築できるのです。
 
私はそのシステムを「けテぶれ学習法」
として確立しました。
 
この学習で培われる力は、AI(人工知能)が台頭する未来社会に生きる子どもたちにとって非常に有意義であると考えています。