けテぶれ〜学習力を伸ばす宿題革命〜

自立した学習者を育てるため、「けテぶれ学習法」を考案し、実践しています。教育に関することを千思万考し、見えたものを投稿します。フェイスブック:https://www.facebook.com/shota.kuzuhara ツイッター:https://twitter.com/barikii

メルカリに宿題を出品することは悪か?

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夏休みも終わりに差し掛かったところこのようなニュースが世間を賑わせた。

 

『宿題「出品」、メルカリなどダメ文科省が要請』

 

この記事はワイドショーでも扱われ様々な意見がかわされた。
その中で、堀江貴文氏はTwitterでこのように発言している。

 

「宿題とかほんとくだらんよねー」

https://twitter.com/takapon_jp/status/1034763406186885120

 

私もこの意見に基本的に賛成であると同時に、「くだらなくない宿題」の案がある。
本稿では宿題の問題点とその改革案の入り口を述べる。

 

学校の宿題は本当にくだらない

僕は小学校教師になってから、宿題を出すのが嫌でたまらなかった。
僕が教師になって直面した宿題の実情とは以下のようなものである。

 

  • 毎日毎日代わり映えのない課題を出して、やらせる。
  • 忘れてきたら、なんとなく怒らなきゃならない雰囲気。
  • 怒られたくない子どもたちは嘘をつく。嘘をつかせてしまう。
  • 子どもたちを疑わなくてはならない。
  • それでいて、全員一律に出す宿題が、全員の基礎学力の保証になっているかが非常に疑わしい。
  • 少なくとも上位層にとってはひらがなの「あ」を100回書いてきましょうというのと脳に対する刺激は同じ気がする。だってわかっていることをただ再生するだけだから。
  • 下位層にとっては全く自分で取り組めないレベルだったりする。
  • だからといって、到達度別に個々の宿題を毎日作成してやるほどの余裕はない。

 

このような宿題はまさに「くだらない。」
宿題に全く意義が見いだせなかったのである。

 

だから教育書や先輩に宿題の意義について尋ねてみた。
そこで紋切り型に返ってくる答えが、「学習習慣」の定着のため

 これも非常に疑わしい。

 

宿題でつく習慣は「学習習慣」ではない。

 まず、上に挙げた通り、少なくとも学力上位層の子にとっては「学習」にはなっていない。
 さらに、学校はできない子が出てくる状況を極端に嫌うため、宿題として出される課題は学力下位層でも問題である場合が多い。
その結果、学力中位層にとっても、学校から出される宿題は「学習」になっていない可能性が非常に高い。
 もっというと、学力下位層の子は、一人で学ぶための環境が安定していなかったり、学ぶ意欲がまだ芽吹いていない場合が多いため、その子達にとって家で一人で取り組むという宿題は、非常にハードルが高いケースも多い。

恐ろしい状況がおわかりになるだろうか。

「宿題において、全員が取り組める程度にレベルを下げられた課題を全員一律に課す」という行為は教室の多くの子達にとって「学習」の機会を与えることにはならないのである。ここに「学習習慣をつけるために宿題を課す」という大義名分は崩れ去る。

 宿題で与えられる課題は多くの子にとって「学習」ではなく「作業」なのである。

 

 さらに、本当に恐ろしいのはここからである。

上記の状況であるにもかかわらず、学校からは今も無思考に作業的な宿題が出され続けている。子どもたちはその作業的な課題を毎日やらされる。毎日やるからには何らかの行動や思考が習慣化してしまう恐れがあるのである。それはなにか。

 子どもたちに「なんで宿題をやるの?」と尋ねてみると、どんな答えが返ってくるだろうか。ご自身が子供の頃を思い浮かべて、答えてみてほしい。

「え?自分が子供の頃ってそこからだいぶ時間が経ってしまっているけど?」

問題ない。なぜなら学校教育で行われていることは本質的に何も変わっていないのだから。140年前から。子どもたちに「なぜ宿題をやるの?」と聞けばなんと答える

「やっていれば先生に怒られないから」

 これが大半ではないだろうか。
あとは「宿題をやればゲームができるから」も考えられる。

この思考の裏側に潜む思考に目を向けてみると

 

「やっていれば先生に怒られない」
「面倒くさいけど、立場が上の人が言っていることにはとりあえず従っておけばいい。」
⇒自身の環境に対する無思考、受動的態度

 

「宿題をやればゲームができる」
「嫌な宿題(子どもたちの中では宿題=勉強)をすれば楽しいゲームができる。」
⇒学習に対するマイナスイメージの醸成

 こうは言い換えられないだろうか。

 つまり

無意味で作業的な宿題は、「学習習慣」をつけるどころか、「無思考に与えられた行動を再生すること」と「勉強することを苦しみと捉えること」を、毎日毎日繰り返させ、習慣化させている可能性があるとは言えないだろうか

 

まさに百害あって一利なし。
ホリエモンが「くだらない」という所以はここにある。
そして「くだらない」どころの騒ぎではない。

 

だからメルカリに学校の宿題が販売されることは、必然の現象なのだ。
その出品だけを取り締まってもなんの解決にもならない。
本質的な問題は、「無意味で作業的な宿題」を出している学校にあるのだから。

 

教育界は一刻も早く対応しなければならない。
選択は2つに1つ。「やめる」か「改革するか」だ。

 

 

宿題を改革する

冒頭で私には宿題の改革する「くだらなくない宿題」の案があると述べた。
その案を簡潔に述べよう。

 

宿題では自立学習の方法の獲得を狙う。

独学力を磨くステージとして「宿題」を捉え直すのである。

家で、一人で取り組む宿題は自分なりの「学び方」を試行錯誤しながら獲得する場として絶好のステージなのだ。

 

「でも、どうやって?」

 

私はその方法を「けテぶれ学習法」として確立した。
私のクラスの宿題は、学習箇所、学習内容、学習方法は全て自由である。ただし、着実に学びを積み上げられているのなら。このような環境で子どもたちは自らの学び方を見つめ、モチベーションをコントロールし、試行錯誤しながら学びを積み上げる経験を毎日、積み上げる。

 

学校が無思考に課している宿題が抱える問題。
これには早急に対処しなければならない。

 

「けテぶれ学習法」がその一筋の光となることを期待し、私は発信を続ける。

人生の主導権は誰の手に?

多様性。個の力。

中央集権型から自律分散型への移行。

 

社会のパラダイムは確実に変化している。

そんな社会に子どもたちを送り出す学校教育は

この変化に対応できているのか。

 

いま社会で台頭している人たちは口を揃えて学校教育のあり方を問題視している。

いま、社会に新たな生き方を示している人物は、

学校に在学中、真面目に勉強をしてこなかったという人も多い。

 

他方、真面目に勉強をして真面目に大学に入った子たちが苦しんでいる。

やりたいことが見つからないと。

そしてなんとなく入った会社でまた苦しむ。

自分の外側にある正解を押し付けられ続ける人生に嫌気が指してくる。

 

なぜこのような事が起こっているのか。

 

前者のような人たち。つまり学校教育が敷いたレールを降りた人たちは、

その後の自分の人生を自分で選択し、自分の力で進まなければならない状況に陥った。

ここでした思考こそが、彼らの人生を輝かせるキッカケになったのではないか。

 

自分にしっかり向き合い、自分がどういきたいかということを考えること。

「何になりたいか」という職業観を超え、「どう生きたいか」という人生観に向き合い、自分で方向を決め、自分で歩みを進めること。

進んで見えた景色からまた生きたいところを決めること。

 

つまり「自分の意志で自分の行動を決め、結果を受け止め、方向を修正し続ける」こと。これは自分の人生の主導権を自分が握るために必要不可欠な思考と行動である。

 

一昔前までは、こういう思考と行動はなかなか成功しなかった。

だから学校教育はこういう思考と行動をさせてくれない。

こういうことを思いっきりするには、学校教育が敷いたレールから降りることが一つの近道だったりするのだ。

 

今社会で新たな生き方示している人たちはこの構図がわかっている。

だから現行の学校教育を否定するのである。

 

現行の学校教育では「自分の意志で自分の行動を決め、結果を受け止め、方向を修正し続ける」機会が恐ろしく少ない。皆無と言っていいほどに。

 

更に悪いことに、自分の意志を示し、自分で行動しようとする子どもたちを否定し、既存の枠の中に押し止めようとまでする。

今の教育は「子どもたちを疑い、任せず、認めない教育」だと言っても過言ではない。

 

こうして学校教育の中で子どもたちは自由に羽ばたく翼を折られ、線路から降りることに恐怖感を植え付けられ、自分の人生を自分で選び取る力を奪われる。

 

これを言い過ぎだと感じるだろうか?

 

今の教育システムの中にも、子どもたちが自分の意志で自分の行動を決め、結果を受け止め、方向を修正し続けるという経験ができるようなプログラムがある。と言い切れる人はいるだろうか?

 

「子どもたちを疑い、任せず、認めない教育」からの脱却。

「子どもたちを信じて、任せて、認める教育」の創造。

 

そういう環境でこそ子どもたちは、自分を信じて自分の意志で行動を選択し、失敗も成功もすべて認め、力強く成長していくのではないだろうか。

けテぶれの始め方・会話形式

 

ãé¡ãã¤ã©ã¹ãå±ãåçãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ宿題ってなんのためにやってる?

f:id:human154:20180820175644p:plain勉強するため。

ãé¡ãã¤ã©ã¹ãå±ãåçãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ同じ漢字を何度も書くのが勉強?

ã女ã®å­ ã¤ã©ã¹ãå±ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæんー。効率が悪い。

ãé¡ãã¤ã©ã¹ãå±ãåçãã®ç»åæ¤ç´¢çµæそう!効率が悪いよね。もっと効率よく勉強するにはどうすればいい?

f:id:human154:20180820175644p:plain苦手な字だけ練習する。

ãé¡ãã¤ã©ã¹ãå±ãåçãã®ç»åæ¤ç´¢çµæそうだよね。もう書ける字は練習しなくてもいい。逆に、苦手な字は沢山練習しなきゃならない。

じゃあさ、漢字を覚えるためには、いっぱい書く。って方法しかないのかな?

例えば、「難」これ、難しいよね。文字通り。この字を覚えるためには、ひたすらこの字を書く。って方法しかない?

ã女ã®å­ ã¤ã©ã¹ãå±ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæじっくり見るとか

ãé¡ãã¤ã©ã¹ãå±ãåçãã®ç»åæ¤ç´¢çµæほうほう。ほかに漢字が覚えられそうな方法はある?

f:id:human154:20180820175644p:plainんー。部首の意味に着目する。熟語を調べてみる。成り立ち

ãé¡ãã¤ã©ã¹ãå±ãåçãã®ç»åæ¤ç´¢çµæおー。たくさん出てくるね。

ã女ã®å­ ã¤ã©ã¹ãå±ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæあ、絵をかいてみる!

f:id:human154:20180820175644p:plainダジャレ!

ãé¡ãã¤ã©ã¹ãå±ãåçãã®ç»åæ¤ç´¢çµæなるほどねー。面白いね。それ、今日からの宿題ですべてやっていいです

 

ãé©ããå­ã©ããã¤ã©ã¹ããã®ç»åæ¤ç´¢çµæえええええ!?

 

ãé¡ãã¤ã©ã¹ãå±ãåçãã®ç»åæ¤ç´¢çµæいいよ!だって漢字を正確に覚えることが君たちの目標でしょ?じゃあそのための方法はいくらあってもいいと思うんです。

だから、漢字が覚えられそうな方法はすべて。すべて試して見ましょう。そして自分にあった方法、自分はこの方法が一番覚えられる!って方法を探してみましょう。

じゃあ君たちが苦手な漢字を探すにはどうしたらいいだろう?

f:id:human154:20180820175644p:plain一文字一文字確かめてみる!

ãé¡ãã¤ã©ã¹ãå±ãåçãã®ç»åæ¤ç´¢çµæそう!苦手な漢字は外なところに隠れているかもしれない。一文字一文字確かめるべきだね。どうやって?

ã女ã®å­ ã¤ã©ã¹ãå±ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæテストみたいにする

ãé¡ãã¤ã©ã¹ãå±ãåçãã®ç»åæ¤ç´¢çµæすばらしい。そうですね、自分で自分の苦手を探すために「テスト」しなきゃならない。ちょうど、ドリルの◯ページには、ひらがなだけで文章が載っているページがあるね。ここが使えそうだ。もちろん、自分でテストをしたあとは自分で丸付けをして、自分の書いた漢字があっているかどうか、間違って覚えていないかどうかを確かめなきゃいけないね。

これをちゃーんとやることで、自分の苦手な文字がしっかりわかるんだね。苦手な字がわかったらどうするんだっけ!?

f:id:human154:20180820175644p:plain書けるように練習する!

ãé¡ãã¤ã©ã¹ãå±ãåçãã®ç»åæ¤ç´¢çµæどうやって?たくさん書いて?たくさん書くだけ?

ã女ã®å­ ã¤ã©ã¹ãå±ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæんー。工夫して!

ãé¡ãã¤ã©ã¹ãå±ãåçãã®ç»åæ¤ç´¢çµæそう!!それが大切。苦手な字を探してきて、なんで間違えたかを考えてから、「工夫して」練習しましょう。

テストしてみて、間違いを分析し、覚えるために練習するんだね。

さらに、こうやって自分の力で勉強を工夫するためには、しっかりとした計画も必要。

「今日は〇〇をする!」と、その日勉強することををしっかり決めてから取り組むといいです。

つまり、「計画して、テストして、分析して、練習する」これが今日から君たちが宿題てやることです。

目標はもちろん、来週の漢字小テストで100点を取ること。100点を取るためにしっかり計画して、テストで自分の力を確かめ、苦手な文字を分析して、練習方法を工夫しましょう。難しいけど、頑張ろうね!この勉強方法は、中学校でも、高校でも大学でも、おとなになっても使えるとっても便利な勉強方法なんです。「計画して、テストして分析して、練習する。」なのでそれぞれの頭文字をとって「けテぶれ」とおぼえておきましょう。自分で勉強する時、自分で努力するときには、「けテぶれ」です。

いままでこんなことを学校で習ったことはありますか?

f:id:human154:20180820175644p:plainなーい。

ãé¡ãã¤ã©ã¹ãå±ãåçãã®ç»åæ¤ç´¢çµæそうだよね。学校は勉強の内容は教えてくれるけど、勉強の方法は教えてくれない。だから大きくなっても勉強の仕方がわからない大人もたくさんいるんだよ。だから、この教室では「勉強の方法」を学んでいきます。小学校の勉強は大人になって使うかどうかわからないけど、勉強の方法は確実に大きくなっても使います。大人でもわからない人がいる「ちゃんとした勉強の方法」それを小学校のうちから勉強しておく。一度身につけてしまえば一生使えます。先生に教えてもらわなくても、自分で問題集なんかを買って来て、自分でいろんな勉強ができるようになる。

これってすごくわくわくするよね。そんな「勉強の方法」をこれから1年かけて上手になっていきましょう。自分で勉強するには「けテぶれ」。一年間がんばろうね^^

 

さ、だいたい今日から宿題でやるべきことがわかったね。では、今日は実際今から、学校でやってみましょう。

今から授業でやることを覚えておいて、家でも頑張るんですよ^^

それではノートを開きましょう。

まず1行目に計画のけ丸です。今日学習しようと思うことを書きましょう。

 

 

【小さなサイクル】

ここで子どもたちに示したのが、小さなサイクルです。

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「けテぶれ」はまず小さなサイクルから回します。

下のノートは算数ですが、小さなサイクルに基づいて「け、テ、ぶ、れ」をフルで書くとこんな感じになりますね。

これも1例です。

 

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【勉強がうまくできない原因】④根性押せ押せケース

「れ」だけをとにかくやる“非効率・根性タイプ”

 

一番多いタイプじゃないでしょうか。

 

質より量のおせおせタイプで「1学期の漢字まとめテスト!」と言われれば、

「1学期に習った漢字をすべて100回ずつ書いてくる!」というパターンです。

量だけは凄まじくこなすので、とても勉強をした気になっていますが、

「けテぶ」が抜けているために、見通しをもてておらず、

結局最初は100字ずつ書いていたけど、だんだん数が減っていって、範囲も全部網羅できなかったとなる。

 

一度「テ」をしていれば、その努力量をすべて自分の苦手にフォーカスできたのに。

「ぶ」を積み上げていれば、100回書かなくても自分にあった勉強法が見つかっていたかもしれないのに。

 

学習箇所も学習方法も効果的でない。ただ量だけで満足してしまうパターンです。

当然努力量に見合う結果が出ない。努力量だけは凄まじいのでそれに見合った結果がでないまま、学習意欲を減退させていく。

ノートだけはきっちりときれいに取っているのに成績が悪い。という人もこれに当たりますね。自分にとって何が必要なのか、どれをどの程度どんなふうにすればいいのかという思考がない。

 

このパターンのタチが悪いところは、

記憶力や努力根性が人並み外れている人は、力技で結果を出せてしまうという点です。

つまり、能力の高い人ほど、勉強の方法を工夫せずとも、結果が出てしまう。

これは2重にタチが悪いんです。

 

能力に限界が来た時

能力が高いといっても、その高さは人それぞれでしょう。

100万人に1人レベルの賢さならまだしも、100人に1人程度だったら。

どこかで無工夫な勉強法ではまかないきれない状況に陥ってしまう。

その時、このパターンの人達はお手上げです。

自分に必要な学習はなにか。自分が得意な勉強の方法な何か。

そんなことを考えずに突き進んで来たのですから。

そして学習に背を向けてしまう。

自分は大したことない人間だったと。所詮勉強なんて向いていないし、自分はだめんだと。

とてももったいないです。

 

「学習方法に対する思考を積み上げていれば…」

能力が高いからこそ、自分と向き合い自分にとって必要な勉強内容、効率的な勉強方法を思考していれば、

学ぶことをもっともっと楽しめていたかもしれません。もっと大きな結果を出すことができたかもしれません。

これも非常にもったいないですね。

 

 

さいごに。

こういう勉強方法を取る人が多いのは、学校教育に責任があると思っています。

学校では、形式的な「れ」だけが無根拠に強要されるからです。

 

ノートはきれいに書きましょう。

ドリルにはすべて書き込みましょう。

教科書の問題は全て解きましょう。

 

なぜ?

 

これを与えられないケースがとても多いと思います。

これを与えてやらないままに、無思考に行動だけを強いて、やらない子どもたちを叱る。

生真面目な子ほど、よく飲み込み、「れ」だけの非効率人間になってしまう。

頑張る力がある子ほど、そのまま必死で与えられた学習内容を飲み込もうとする。

 

能力もメンタルもある子ほど、この罠にハマってしまう。

 

非常にもったいないです。

 

教育に「けテぶれ」の意識が必要だというのはこういう理由もあります。

【勉強がうまくできない原因】②③「テ・ぶ」甘々自信過剰ケース

「テ・ぶ」甘々自信過剰タイプ

丸付けが甘い、もしくは表層的な理解でとどまっているのに、自分はもうかんぺき!と思ってしまい、全く勉強をしないタイプ。

器用でなんでも軽々できてしまう子に多い気がします。

「必死に努力する」ということがどういうことか、分かっていない。

 

だから、ひょいひょいと浅い理解でできた気になってしまう。

その結果、少しの応用問題でペンが止まる。

ペンが止まってもその原因を深く考えることなく、まぁまぁ。と流してしまう。

授業で丁寧に教えてもらえる機会があればこの子はすぐに理解できることも多いでしょう。

でもそれではこのタイプの子は「学習者」としては成長しない

 

一度大失敗を経験して「テ・ぶ」で自分に厳しくする必要性に気づくことが多いです。

心マトリクスでいうと、自分は人よりもよくできるので、月軸の上の方にいると思っているが、実は心に勝てず、正当化して、努力から逃げているため、月軸の下の方にしかいない。

 

これも小学生のうちに気づかせてやることで、その子の将来の可能性が大きく開けるのではないでしょうか。

 

 

逆にそれに気づけ無いまま大きくなってしまえばどうなるか。

 

 

一人、知っています。

大学受験までは制限された環境の中で頑張らざるを得なかった。

しかし大学に入って、なんでもご自由にどうぞ。こう言われた瞬間、すべての前向きな努力ができなくなってしまった。

パチンコにハマり、授業には出ず、結局8年在籍した挙げ句に退学してしまいました。今は音信不通です。

 

彼は自分の心の弱さを認識していなかった。

もしくは、自分の中に弱い心を発見した時、戦うすべを身に着けてこなかった。

 

だから子供の頃に、弱い心に負けて失敗するという経験をさせるのです。

だからけテぶれは学習量学習箇所学習方法は全て自由なんです。

自由だから、サボれる。

サボると、コケます。

コケて気づくのです。

 

そして戦い始めます。

戦法を工夫しながら。