けテぶれ〜学習力を伸ばす宿題革命〜

自立した学習者を育てるため、「けテぶれ学習法」を考案し、実践しています。教育に関することを千思万考し、見えたものを投稿します。フェイスブック:https://www.facebook.com/shota.kuzuhara ツイッター:https://twitter.com/barikii

ブログ記事一覧

0章:はじめに

 1章:Know why

◯社会の変化。自己学習力の重要性

◯学校教育のまずさ

◯宿題に目を向けるという発想

◯一生使える力

  • 失敗力
  • 正しい努力・自分にあった努力
  • 自分の形
  • 書いて考える。考えて書く
  • 動いて考える。考えて動く

2章.Know What

◯けテぶれ基本構造

◯圧倒的な結果たち

◯自律。 

◯自立

  • 自立とはひとりで立てることではない
    自分の能力の凸凹を捉え、自分をコントロールし、適切に支援を求められること。

3章Know How

◯始め方

◯耕し方

◯続け方

◯求められる指導者としてのあり方

4章:Q&A

5章:最後に

大分析をする前の助言〜陰陽の視点から〜

大分析って何を書かせてよいか、どういうことに注意させればよいか迷われている方もいると思います。
今日、ちょうどそんな話を子どもたちにしたのでその内容をまとめます。 

大分析の助言〜陰陽の視点から〜

陰陽論の視点から学習を見た時の分類(下表)

この話の前提となるのでさっと見てください。
この話をする前にはこの表を黒板に書きました。

陽は「横、広がり、やりたいこと、浅く広く」
陰は「立て、深まり、やるべきこと、狭く深く」といったイメージがあります。

みんなで

一人で

ケアレスミス

わからない

心に勝つ

苦手がわかる

人に聞く

有効な勉強法を選択する

 

さて。テスト返しが終わりました。
間違い直しもだいたいできましたね。

ではここからは大分析です。勉強内容ではなく、勉強方法を振り返る。
今まで自分が積み上げてきた学習はどうだったか。自分に厳しく、冷静に分析し、成長につなげましょう。

 

まず質と量の視点でみるとどうだろう。
質は月、量は太陽に対応しているんだったよね。 

質が低かった場合は、自分で深く考えることが足りなかった。何を考える?
勉強方法については、自分の苦手は何か、それを乗り越えるためには何が必要かということを考える。これは「学習力のABC(※1)」のBとCですね。
勉強内容については、なぜその答えになるのかと考える。whyは月の道具ですね。 

量が足りなかった場合はこう分析しよう。
まず、心に勝つことができていない。これは学習力ABCのA。「いいやまだまだ」と自分に厳しくできていないから量が足りなくなるんだよね。甘い。そしてそれはケアレスミスにもつながる。わかっているのに間違えた。なぜだ?慣れていないから。見直しはその次の話だ。まずは本番の状況にどれだけ慣れていたか。これが大切。そのためには本番のような状況でたくさん練習しなきゃならない。

みんなでやる勉強は、量を確保するときに役立つよね。集中してがーー!っとやる。
反対に、思考を深めるときにはまず月。自分で深く考える月の学習が前提にないと、ただおしゃべりして終わる。こんなことよくあるよね。 

マンダラに目を移しましょう。
ここにも月と太陽があるね。どこだろう?
そう。左上のこのゾーンは月だ。
左下のこのゾーンは太陽。
そして賢くなるのはこのゾーンだ。考える力ゾーン。
ここにどれだけ長くいることができるか。これがきみたちの学力を決定する。

 

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教えてもらう前に、自分でよく考えなくてはいけないんだ。
教えて上げる前には、説明をしあわなければならないんだ。

では学校と家、どちらのステージでどういう勉強をすればいいか。
学校はみんながいるので太陽の属性が強いね。家は一人なので月。 

月は家でできる。注意点はマンダラの月4つの内、上2つで止まらないこと。
つまり、解ける解ける〜♪だけではだめなんだ。
下2つに行けるかどうかが勝負。月の努力。質につながる。
ナゼ?と掘り下げる。なぜその答えになるのか。
自分の苦手は何か、どうすればいいか。と掘り下げる

太陽は学校でできる。注意点はマンダラの太陽4つの内、上2つで止まらないこと。
上2つに行けるかが勝負。太陽の努力。量につながる。
心に勝つために、仲間と勉強するんだ。大量に問題を解く。大量に説明をする。
大量にああでもないこうでもないと思考を巡らせる。
どうしても一人では乗り越えられない壁をのりこえるために仲間と勉強をするんだ。

こうして質と量を確保する。

さらに、この考える力ゾーンを回転させることもまた大切。
一人で考えたら、誰かと関わる。誰かと関わったら、そこで考えたことをまた一人でまとめる。こういう月と太陽の回転が大切です。

なぜなら、月に止まりすぎると、停止するからです。
太陽に止まりすぎると、分解するからです。
よくわかるよね。一人で考えすぎるとしんどくなってきて頭が止まっちゃうこと。
そしてみんなでワイワイやっているとだんだん遊びが始まって集中力が分解してしまうこと。だから回転が必要。

 

こういう視点を持って勉強をしていきましょう。
月と太陽。両方を高めなければなりません。バランスをたもって、回転させなければなりません。

 

ではこの視点を持って、自分の学習はどうだったかな?

家での勉強は?学校での勉強は?

よく思い出して、大分析をしてみましょう。

 

こんな感じです(^^)

サボれる構造が子どもたちを自律へ導く

要約

子どもたちは「サボれる構造」と「努力の成果が明確に示される環境」に置かれることによって

「サボってしまう自分」に出会い、そんな自分を乗り越える必要性を受け取り、自律し始める。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

僕のクラスの場合、宿題は自由提出です。量も内容も方法も自由。出さないのも自由。

つまり、子どもたちはサボれるのです。もっというと、毎日今日の宿題をやる必要があるのか無いのか、あるのならばそれをサボるか、やるかという判断を迫られるわけです。自由提出にせずとも「けテぶれ」では量・内容・方法の自由を保証していますので、やるべきことから目をそらし、作業的に宿題を済ませてしまうことが可能です。

 

この「サボれる環境」の中で、一定の子どもたちは簡単にサボり心に負けます。

さらに、そのことを正当化しようともします。

忙しかったから、用事ができたから、体調が悪かったから

時には「やったけど犬に食べられた」なんてことを言い出すことも

その真偽を教師が確かめることはできませんし、嘘と疑いのサイクルを回したくない。

別にいいんです。自由提出だから。あ、そうなんだ!大変だったなぁ!と100%その話を信じます。

そして、じゃあ明日取り戻さなきゃね!未来の話をする。

これで軌道修正ができる子もいるし、できない子もいる。

 

まだまだサボる。

(毎朝宿題の提出具合を調べているわけではありませんので、こんな会話もなく、黙って宿題を出さない子も当然います。その中には、本当にやるべき事がなくて、今日はいいか!と選択している子もいる。僕がすることは単純に、その日提出された宿題をみる。それだけです。)

 

サボるとは、本当はやる必要があるにもかかわらず、やるべきことから目をそらし、楽な方に流れていってしまっている状態のことを言います。

宿題をやっていないという状態からはその状態が、「学力が十分にあり、やる必要がない状態」なのか「サボっている」のか判別は付きません。教師をやっているとこういう判別ができそうな気もしますが、それが落とし穴だったりする。客観的で明確なデータがないまま、こちらの看取りだけでサボり心を指摘するのは熟練の業がいりますし、それに失敗したときにかなり大きな信用を失う。これは避けたい。

 

だから、客観的で明確なデータがでる仕掛けを用意します。それが「小テスト」です。

テスト範囲は明言しておき、そこへ向けて授業と宿題で学習を積み上げる。

簡単なのは漢字テストですね。週1回、新たな範囲を10問ずつテストします。

漢字は学校で学習する時間は殆どありませんから、小テストで合格点をとるには、家で学習しなければならない。

でも必要な練習量は子どもたちそれぞれ。その結果が客観的で明確な数値で見れるのが学校での小テストなのです。

 

サボった子は当然ここで点数が取れない。

その子達が次にすべきことは。「分析」です。「テスト」の後は必ず「分析」

まだまだ自分で考えさせるのです。

なぜ今回こんな点になったのか、学習方法にまずさはなかったか。自分の苦手は把握していたか。心に負けてはいなかったか。

つまり、自分はサボっていたのか、頑張ったつもりでその努力が足りなかったのか、もしくは努力の方法や方向が誤っていたのか。ということを判断するのです。(これは学習力のABCという観点で子どもたちに明示しています)

これを考えさせた上で2日後に再テストです。失敗したらそれを取り戻すステージを必ず用意します。

 

こうして自分に向き合う機会を大量に設定する。毎日家に帰ってから。毎週の学校の小テストの後。

このサイクルの中でやるべきことから逃げてしまう自分に出会い、それを乗り越えようと子どもたちは自分の足で歩き始めます。

自律し始めるのです。大半の子はこの仕組の中で自分で気づき、自分で変化し始めます。

変化は小テストの点数として、そして日々のノートの記述として、明らかに確認することができます。

ぐんぐん点数が伸びたり、数ページにも渡って学習するようになったり、自信と意欲いあふれた字になったりと。

 

子どもたちは「サボれる構造」と「努力の成果が明確に示される環境」に置かれることによって「弱い自分」に出会い、そんな自分を乗り越える必要性を受け取り、自律し始めるのです。自律。自分を律すること。自分を律して、やるべきことに向かい合う強さを身につけるのです。

 

これは学校のお勉強という世界だけで通用するような小さな力じゃありませんよね。

学校生活の多くで、そして人生の多くのタイミングで必要な力です。

けテぶれのシステムはこの「自分を律して、やるべきことに向かい合う力」を、学校のお勉強というステージを使って鍛えることができるのです。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ただ、こういった仕組みの中で”全員が”変容できるわけではない。

それを判断するのが、数回のテストが終わった後です。

何度も同じような点をとる。宿題への取り組みに変化がない。

こういう子たちへの対応は4章で述べます。

 

 

 

 

コラム~自分を律して、やるべきことに向かい合う力」って本当に必要なのか~

いま世の中は「やりたいことに思いっきり取り組もう」「やりたいことを仕事にしよう」という考え方がとても大きくなっています。

僕もその考え方には大いに賛成です。

しかしこれは「やるべきことからはどんどん逃げよう!」というメッセージとして捉えるべきではないということも押さえておくべきだと思います。

今の日本は手段が目的化され、本当はやらなくてもいいことが「やるべき」として押し付けられる状況が多いために、「やるべきこと=悪」といったイメージがあるかもしれませんが、それは間違いです。

あるYOUTUBERの動画でこれが象徴的に示されていました。そのチャンネルは複数人からなるグループで運営されているのですが、動画を編集する担当の人物が編集作業をサボり、他のメンバーから怒られているのです。やりたいことを仕事に!という考え方を象徴するような職業であるYOUTUBERですが、その中にも「やりたくないけどやるべきこと」というのが存在し、それから逃げると、周りの人間からの信用を落とすのです。

やりたいことを実現するためには、なにかをやるべきであり、そこから逃げれば当然、やりたいことは実現できないのです。

それは「やりたいこと」にモチベートされているから、勉強に向かい合うのとはまた別ですか?

 

いざやるべきことに向かい合った時「めんどくさいなぁ」という気持ちに打ち勝つという行為に変わりは無いのではないでしょうか。

自分を律して、やるべきことに向かい合う力。これは人生において大切な力だと僕は思います。

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0章:はじめに

 1章:Know why

◯社会の変化。自己学習力の重要性

◯学校教育のまずさ

◯宿題に目を向けるという発想

◯一生使える力

  • 失敗力
  • 正しい努力・自分にあった努力
  • 自分の形
  • 書いて考える。考えて書く
  • 動いて考える。考えて動く

2章.Know What

◯けテぶれ基本構造

◯圧倒的な結果たち

◯自律。 

◯自立

  • 自立とはひとりで立てることではない
    自分の能力の凸凹を捉え、自分をコントロールし、適切に支援を求められること。

3章Know How

◯始め方

◯耕し方

◯続け方

◯求められる指導者としてのあり方

4章:Q&A

5章:最後に

【心マトリクス 学年集会 月編】

最近、ルールが緩んできています。

廊下の歩き方、上靴の履き方、授業中の態度。掃除の仕方。

どうですか

みんなはどうすべきかわかっていますよね。

廊下を歩くときはどうすべきなのですか?

静かに歩く。

そうですよね。

 

でもできない。

わかっていてもできない。

このことを先生は心に負ける。と言います。

サボり心に負けてるんです。これではだめだ。

 

先生はこんな図を使って話をします。

f:id:human154:20181027222044p:plain

心マトリクス

さて。さっき先生が言ったことはこの図のどの辺の話かわかりますか?

 

そう。ここですね。

心に負けるとはここに書いてある。

その先にはなんと書いてありますか?

正当化。そうです。だって〇〇だもん。

だってこうだったからしょうがないじゃん。

これを正当化と言います。

 

やるべきでないことをやってしまっているのに、その姿が正しいといってしまうこと。

何が怖いかというと、自分の力で戻ってこれなくなることです。

自分で自分はあってる。って言っちゃうんですから。

 

この正当化はまだ悪化します。

自分でこれはダメだなぁと思ってても「だって

その次は友達に注意されたとき、「だって

最後は、先生や、お家の人に注意されたとき「だって

 

自分の弱い心にブレーキがかけられない。

どんどんサボり心が大きくなる。

 

最後に待つのは、これです。虚無感。

虚無感の虚とは、虚しいという意味です。

無は何もない。サボってサボってその結果何かを得られることはありますか?

実力が高まりますか?成長できますか?

できませんよね。サボってサボって、それが正しいんだ!と正当化し続けた先に待つには、

大きな虚無感。結局自分の手元には何も残らないんです。

掃除をサボって、廊下を正しく歩かず、君たちが得るものは何かあるだろうか。

 

ではどうすればいいのか。

反対側をみてください。

 

わかりますね。心に勝てばいいのです。

合言葉は「いいやまだまだ」です。

今の自分に満足せず、今の自分の姿を正当化せず、高まろうとする。

これが心に勝つということです。

 

心に勝ち続けた先に待つのは。「習慣化」です。努力が当たり前になるのです。人から見たらものすごく努力しているように見えるけど、その人からすればそれが当たり前。かっこいいよね。さっきの反対。

こういうことを積み上げば、成長できる?実力が高まる?

ものすごく高まるよね。

 

その結果どうなるか。「誰もできないことをする。誰も知らないことを生み出す。」

こうなる。こんなことができている有名人を知っていますか?

 

羽生結弦イチロー。ジョブス。将棋の藤井くん

 

そうだね。彼らの生活をみたときに、みんなの当たり前の生活と同じような生活をしているだろうか。

多分していないよね。

彼らにすごいですね!っていうと彼らはなんというだろうか。

多分、もう当たり前になっちゃってます。っていうよね。

そういうことです。

 

当たり前のように誰もできない努力を積み上げ、日々自分を磨いている。

だから彼らの生活はとても「充実」しているのです。

充実の充は、充ちる。実りがたくさん充ちているという意味です。

 

でも忘れちゃいけないのが、彼らは初めからそんな生活をできていたわけではないということ。

何度もやめたいと思ったことがある。小さい頃は泣きながら練習をしていた。才能がないと言われた。

偉人にはこんなストーリーがある。わかるよね?

そのとき彼らはどういったか。「いいや、まだまだ」だよね。

そうやって心に勝って、自分で自分の当たり前を高めていって、充実した生活を手に入れたんだよね。

 

廊下の歩き方、授業中の態度、掃除の仕方。

なぜみんなは頑張らなきゃならないのだろうか。

 

「心の力を強くするため。」だ。

 

やりたくないけど、頑張ろう。

しんどいけど、踏ん張ろう。

このくらいでいいかな「いいやまだまだ。」

 

こうして自分の当たり前を高める練習をしているのです。

心に負けた自分を見つめ、心に勝つ練習をしなさい。

 

こうして君たちが得られるものが、心の強さです。強い心を得るのです。

 

これが君たちの人生にとってどれほど大切か。

掃除が下手くそでも生きていける。

宿題をサボってしまったからと言って、君たちの人生が壊れることはない。

ただそこで、弱い心に勝って努力せず、弱い心のままで社会に出てしまえばどうなるか。

 

君たちの人生は台無しになります。

心の強さとはそういうことです。

 

さて、今の自分はどうだろう。

この縦軸のどこにいる?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

これは心マトリクスの「月軸」に関する語りです。

とても大切ですが、これだけではしんどくなってしまう。

「太陽軸」への意識も大切です。

学習力をつける宿題革命

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今日は「けテぶれ」と「学習界マンダラ」についてのお話です。

 

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つまり、「宿題」と「授業」学校での学びの大黒柱についてです。

これらを改革するというお話です。

 

「学習法」そのものを鍛え、自立した学習者へと向う道筋となるように。

困難に当たった時、対処できる方法論と、乗り越えられたという経験をさせられるように。

また乗り越えられなかったときの次なる一歩を考え出せるように。

自己の考えを開示し、他者の考えを受容する体験に価値を見いだせるように。

 

ではいきます。

けテぶれとは

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というものです。

宿題革命。なぜ?

自立した学習者。なぜ?

まずこの2つのなぜにお答えします。

 

◯なぜ宿題を改革する必要があるのか

僕は先生になってから宿題を出すのが嫌でたまりませんでした。

宿題ってめんどくさくないですか?

 

  • 毎日毎日代わり映えのない課題を出して、やらせる。
  • 忘れてきたら、なんとなく怒らなきゃならない雰囲気。
  • だから子どもに嘘をつかせてしまう。怒られたくないから。
  • そんな状況だと知っているから、子どもを疑わなくてはならない。
  • それでいて、これが基礎学力の保証になっているかもわからない。
  • 少なくとも上位層にとってはひらがなの「あ」を100回書いてきましょうというのと脳に対する刺激は同じ気がする。だってわかっていることをただ再生するだけだから。
  • 下位層にとっては全く自分で取り組めないレベルだったりする。
  • だからといって、到達度別に個々の宿題を毎日作成してやるほどの余裕はない。

 

じゃあなぜ出しているのか。

 

たいてい言われるのが「学習習慣」の定着のため

f:id:human154:20180921190040j:plainまず、上に挙げた通り、少なくとも学力上位層の子にとっては「学習」にはなっていない。さらに、学校はできない子が出てくる状況を極端に嫌います。その結果、宿題として出される課題は学力下位層でも問題になる。これが何を意味するかと言うと、学力中位層にとっても、学校から出される宿題は「学習」になっていない可能性が非常に高いということです。

だから「学習習慣」はつけられない。

でも毎日やらされる。毎日やるからには何らかの行動や思考が習慣化してしまう恐れがある。それはなにか。

 

子どもたちに「なんで宿題をやるの?」と尋ねてみましょう。
なんと答えるでしょうか。
ご自身が子供の頃を思い浮かべてください。

 

「え?自分が子供の頃って…そこからだいぶ時間が経ってしまっているけどいいの…?」

 

いいです。なぜなら学校教育で行われていることは本質的に何も変わっていませんから。140年前から。

 

話がずれました。
子どもたちに「なんのために宿題をやるの?」と聞けばなんと答えるか。

「先生に怒られないため」

これが大半ではないでしょうか。
あとは「宿題をやればゲームができる」とか。

 

子どもたちは無意味な作業的宿題に毎日取り組む中で、「面倒くさいけど、立場が上の人が言っていることにはとりあえず従っておけばいいんだ。」という思考や、「嫌な宿題(子どもたちの中では宿題=勉強)をすれば楽しいゲームができる。」という思考を繰り返しているのです。

 

つまり、無意味で作業的な宿題は、「学習習慣」をつけるどころか、

「無思考に与えられた行動を再生すること」と、

「勉強することを苦しみと捉えること」を、

毎日毎日繰り返させ、習慣化させているのです。

 

まさに百害あって一利なし。

 

メルカリに学校の宿題が販売されることは、必然の現象なのです。
その出品だけを取り締まってもなんの解決にもならない。
本質的な問題は、「無意味で作業的な宿題」を出している学校にあるのですから。

では次。

 

◯なぜ自立した学習者か。

自分で自分の学習を積み上げられること。

これに価値が無いという人はおそらくいませんよね。
自己学習力をつけることの価値は様々に語ることができます。
自己学習力があることに価値がある。有益である。
そういう説明は無限にできますが、ここではもっとさかのぼって、

「楽しい」か「楽しくない」かで考えましょう。

自分で自由に学習を積み上げるのか、人に与えられた知識だけをひたすらに飲み込み続けるか。前者の方が楽しいのは火を見るより明らかですよね。

 

例えばゲーム。

ワクワクして電源を入れてゲームを開始して、始まるのはチュートリアル
まず◯ボタンを押しましょう。するとジャンプができます。
では10回ジャンプをしてみましょう。
よくできました。次は…

こんなことを延々にやらされるゲームは面白いでしょうか?
勉強も同じです。
自分で学びという広大な海を泳ぎ回って初めてその楽しさに気づくのです。自己学習力をつけるということは、学ぶことを楽しめるようになるということなのです。
「楽しい」という感情はモチベーションの源泉として非常に強力です
学ぶことを楽しめる学習者。これは「自立した学習者」の要件になり得ますね。

では今の学校はどうか。

1年生、学校のお勉強にワクワクして進学してきた子どもたちが出会うのは延々と続くチュートリアルです。自由に動き回れる範囲が非常に狭い。
さらに悲劇的なのは、クラスには30人の学習者おり、たとえ自分がそのスキルを達成していても、その学習者たちの大部分がスキルをクリアするまで、自分は待たされるのです。
そんな環境でどうやってゲームを楽しむことができるのでしょうか。

立場を変えて、もし自分がそのスキルをどうしても習得できなかったとしたらどうなるか。

時間が経過すればゲームは自動進行します。
そのスキルが次のステージで必要であるにもかかわらず、自分のスキル習得を待ってはもらえずゲームは進む。
そんな学習者が次のステージで躍動できるでしょうか。次のステージでもついていけない。もう努力をやめます。だって黙ってじっとしていればゲームは進んでいくのですから。

画一的一斉授業が生み出す光景とはこのようなものではないでしょうか。
このような環境で学習者はいかにして、学ぶ喜び、考える楽しさに出会うのでしょうか。だから「自己学習力」なのです。

 

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学びの海に子どもたちを降ろしてやるのです。

自分でやってみる。トライ・アンド・エラーを積み上げる。

そういう経験を通して子どもたちは自分なりの学習方法を見つけ、学びの海を泳ぎ回るようになる。

学ぶ楽しさに出会う。これが子どもたちを力強い学習者へと成長させるのです。

 

 

※「学習」の定義

ちなみに、けテぶれの文脈で出てくる「学習」とはいわゆる教科のお勉強にとどまりません。僕は学習という行為を「自分の外側にあるスキルや考え方を自分の中に定着させる行為」と定義しています。

だから、廊下の並び方を高めようとするのも、組体操を頑張るのも、「学習」です。ということは「けテぶれ」の考え方で取り組むことができます。

その「型」を学ぶステージを「教科のお勉強」「宿題」としているのです。

そしてその「型」の修練の中で「自立した学習者」になるために大切なものに出会わせる。

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ではなぜ「宿題」か。

毎日繰り返せるから。
学校の授業時間を圧迫しないから。
自己学習力=独学力を鍛えるにあたって、一人で取り組む家庭学習のステージが最適だから。

 

こんなところでしょうか。
だから、「けテぶれ的思考」を「教科のお勉強」に適用し「宿題」で取り組ませることで、「自立した学習者」に必要な経験を積み上げます。

 

※こう考えると中学校における「部活」は上記の要件の多くを満たしていることがわかります。
小学校では「宿題」がけテぶれの主戦場になりますが、中学校の場合は「部活」がそのステージとして機能する可能性を多くはらんでいます。
実際、子どもたち自身が考え、練習するという手法を用いて全国優勝を果たしている部活があります。
中高の先生はぜひ、ご自身が指導している部活への適用も視野に入れながら読み進めていただきたいと思います。

 

 

 

※自己学習力を育ててもらえず大人になるミライ

乗馬体験で係の人に付き添われて狭いフィールドを一周するのと、
馬に乗ってモンゴル平原を駆け回るのでは、どちらが楽しいでしょうか。
馬に乗る者としてが逞しいのはどちらでしょうか。

自己学習力をつけてやるということは、そういうことです。

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自分の学習を自分で操れるようになるということは

 

①学ぶことを楽しめるようになる

②学びの世界を自由に駆け回れるようになる

 

ということを意味するのです。

今の宿題なんて、それを取り組んだ先に乗馬が出来るようになる未来すら見えませんのでさしずめメリーゴーランドに載せられているのと同じですね。

しかも恐ろしいことにこういう状態が中学、高校、大学まで続く。

自分の力で学びの世界を自由に駆け回る経験をさせてもらえないまま、ずっとメリーゴーランドに載せられた学習者はどうなるのでしょう。想像に難くないですね。

学びの楽しさに気づく事なく、学びへのモチベーションは下がり続ける。

さらに、自分で選択し、自分で歩みを進めるという経験をさせてもらえず、「自分ってどんな人間なんだろう。何ができて何ができないのだろう。何に喜びを見出すのだろう」といった問いにも向かい合わない。

 

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こんな大学生、日本に山ほどいると思いませんか?

もう少し厳しいことをいうと、ご自身は、そうではなかったですか?

(僕はそうでした。)

 

そして就職活動でいきなり広大な平原を見せられて、さあどこに行きたい?と言われる。

上のような大学生が、主体的に自分の進路を選べるはずがない。

そしてなんとなく就職する。

大企業など昔からある大きな組織に入ったら、そこでまたたメリーゴーランドが待っている。

学校の先生でもいますよね。ただただ同じところを毎日、毎年くるくる回っているだけの先生。

こんな国民を育てて、大丈夫なのでしょうか。

だから、自己学習力なのです。

自分の力でどこへでも行ける力。

義務教育でこういう力がつけられるカリキュラムが組まれるって、めちゃくちゃ頼もしいですよね。

公教育でこういう力が狙えるってものすごい可能性を感じますよね。

できるんです。けテぶれなら!!!

 

では実際にけテぶれはどうやるのか。

残りは動画で!

www.youtube.com